論理的思考を育てるために

子供達が、勉強や、スポーツ・芸術活動などで育った結果として何を望むべきなのでしょうか‥

 

社会のなかで何らかの有用性をもつ能力を身につける、または社会にでてから能力をつけながら成長できる‥という事がその目的であると考えます。

 

そのために必要な力の中で、勉強を通じて私が子供に与えることが出来るのは、論理的思考力と論理的表現力です。

 

論理的思考力や、それを育むためには‥    

 

① 概念として「まとめる言葉」を知る。

② 論理的思考力を実践を通じて身につける。

③ 物事の関連を常に考える。関連する可能性を考える。

④ 感情を理性でコントロールすることを訓練する

の4点が重要であると考えます。これらについて以下のように説明したいと思います‥

 

①概念としてまとめる言葉を知る。


概念として「まとめる言葉」‥たとえばmy your our his him theirは「人称代名詞の所有格である」と認識しない(させない)がゆえに論理思考が出来なくなります。いったい「教える人」何をおしえているというのでしょうか‥断片的な知識を教えたところでなんにもなりません。

概念として‥すなわち理論として身につけてこそ、そこに含まれる断片的知識は様々な状況で使うことの出来る有用性を持ちます。

無論、使うための訓練も必要なのではありますが‥

 


②論理的思考力を実践を通じて身につける。
 


脳の働きですから、実際にそのように脳を動かすことに慣れなければ、原初的な感情をつかさどる脳の部分に支配されてしまいます。

ですから、なかなか自然には論理的思考というのは出来ないものなのです。
先ずそれを知らなければならないでしょう。

ためしに、酒を飲んだり、反応を楽しむテレビゲームをやってから論理的思考が出来るかどうか確かめてみてください。

私は実際にやってみたのですが、論理的思考力は2-3割以下に落ちてしまうことに気がつきました。その時には、論理的に考えることが苦痛にすら感じたのです。

さて訓練はどのようにしたら良いのか‥

これには必ず「論理的思考ができているか出来ていないか」の判定をする者が必要です。問題も必要なのですが、問題を解かせて、その「答があっているかどうか」でなく、正解を論理的に導き出しているかどうかを見てやらねばなりません。

小中高校生に教えられる教科学習では、必ず正答があると同時に、その正答にいたるまでの論理も限定されるものばかりです。(「やり方」などと矮小化しないで下さい。方法にはそれを成立させるための論理が必ずありますので‥)

正答を導き出すための過程をチェックし、論理的思考ができていなければ×をすることが重要です。

子どもはその場合、いたって「不満」を感じるのですが(笑)

その点を厳しく指導することが重要です。なかなかそれが出来ない「先生」は多いようです。まあ「根負け」してしまうのでしょうか‥

私のように徹底的に(時には厳しい態度でも)論理的に考えることを強制しますと「厳しすぎる」と嫌われてしまいますから、多くの「先生」は根負けしてしまうのも仕方がないことなのかもしれません。

それだけ「感情」は強いものなのです。論理は感情を否定するものではなく制御するものなのですが、実際の論理的思考の訓練においては、浅い感情と対向してしまう状況が良くおこります。

 


③物事の関連を常に考える。関連する可能性を考える。


これはいたって重要なことです。
「なぜそうなるか?を考えよ」「原因・理由を考えよ」
ということは常に勉強の場で言われなければならないことなのでありますが、どうも「結果」ばかり追い求めているかのような風潮が昨今は強くなってきています。

やはり「ブラックボックス」で「勝手に処理された」物事をただ利用するということが科学の進展によって起こったからなのでしょうか‥

いやそうとは言い切れないものでありましょう‥

Aというブラックボックスで「自動的に」Bという結果を生み出すのならば、その関係をつかんでおけば、Aというブラックボックスを利用することが可能です。

ですから「ブラックボックスを前提にして」関連を考えるということに違いはありません。

関連を重視する理由としては、実は「全てのものは他との関連において初めて存在する」といった物事の基本的性格から導き出されます。

たとえば‥

「haveという単語の意味は?」と聞かれたらあなたは同答えるでしょうか?

「持つ・~を持つ」「食べる」などと答えた方は残念ながら、関連というものを考えようとしない、または物事を固定的に考えてしまう傾向が強い人であると言えるかもしれません。

極論すれば「haveという単語の意味」などないのです。

たの語句との関連することによって、haveは初めて意味をもつ・機能するのです。

I have a pen.
I have a cat.
I have lunch.
I have a cold.
I have a long talk.
I have him come here.
I have my bike fixed.
I have lived in Japan for three years.
I have to study English.

以上の「have」はそれぞれ異なった意味や機能を持つわけです。
勿論共通したイメージとしての「包括する」というものがある例もあるのですが、すべてがそうであると言い切ることも出来ません。

拙考①で言った「まとめる言葉」ではいわば帰納的方法による理解を論理的思考の基礎として推奨したのですが、この関連を考えその中での機能を考えることは、演繹的手法と呼んでも良いのかも知れません。簡単に言えば「動的な理解」といえるものであるかもしれません。

 

これも論理的思考の大きな要素です。

 


④感情を理性でコントロールすることを訓練する


まあ少し大げさに言いましたが(苦笑)‥

②でも書きましたが、論理的思考の訓練の際に意識しなければいけないもっとも重要なこころがけでもありましょう。

論理に対して謙虚であり従順である姿勢を持つ

ということが大切です。

たとえば算数の問題なのですが
「5-3÷0.2」という計算問題がありますが、皆さんはどのようにして解きますか?

「四則混合計算でのルールに先ず従おう」という意志が生まれましたでしょうか‥それとも「5-3=2は簡単なのでそっちを先にやってしまおう」と考えましたか?

実は小中生の多くの「思考」は後者なのです。残念なことですが‥

「自分のやりたいことをやる」というのは実は感情に左右された意思に基づいています。そういった意思決定が正しい道に導く場合もあればそうでない場合もあります。

たとえば「6+2-5」という問題であれば、そのような感情に影響された判断でも、正解を得ることは出来ます。

しかしそうであったとしても、「加法・減法は前から順に計算する」というルールか「全ての項の和として考える」という論理的方法に照らし合わせて正解を得ることが必要です。

このように少なくとも算数や数学を学習する時は、感情的人間の存在を全く必要としません。なぜならば、論理的思考で一番重要な「論理に従う」ということを訓練するための 科なのでありますから‥

いったん「感情が起こす作用」を禁欲的に「0」にして。使うべき理論を探し、それを粛々と適用することをトレーニングすることが大切です。

 

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